アガスティア連絡掲示板

みたび、シヴァサミーの館へ
(2004.04.30)
いってきましたよ。また、こっそり。なぜ、こっそり???そのほうが、いいかなと、、、。それも、チェンナイからバスで!(やったーみやぢ、ヴぁでぃすわらんこいるまでバスでいけるじゃん!と、密かによろこんだ)。 が、夜9時に寺の前で落とされる感じで降ろされた。降りたのは、一人。ぽつーん。暗い中、てこてこあるいて、シヴァサミー経営の安い方のロッジに泊まった。

朝、になって、取りに行った。できてないじゃん。仕方なく、ノートのコピーを取って、そっちをわたし、原本ノートだけは回収してきた。マニおじさんいわく「お父さんが今、病気で、、、チェンナイにいったりしてるんだよ」

そして、みやぢさんはカルティック氏(35歳)にぶっちゃけ、ばしばし質問をした。私はかわいいマニバのお弟子。マニバグルジに「シヴァサミーいくんだったら聞いて来い!」と言われた質問なども含め、ドンドン聞いた。
質問1:この館のノートのコピーを見てきたけど、それに覚えはあるのか?
答え1:そのノートは本当にうちで書かれたものなのか?表紙は見たのか?中身だけ見たって、どこのものなのかなんて誰もわからないだろ?(そこら辺にあったノートを開いて)これのコピーを見たとしてもここの館のだって、君は言われたら信じるのか?
質問2:じゃあ、その人物にあって、中身確認してもいいか?
答え2:それは道理にかなってはないんではないのか!(的なことを言われた。日本語にできない)が、それはうちでは書いてはない。といった。
※この人物に会わせてください。どうか、会わせてください。アガスティアに祈るしかない。
質問3:そこの棚、開けて見せて欲しい。(これはかなりごねた。開けようとしたら鍵が!)
答え3:これは2005年用の葉だ。グル(木星)が動く時に入れ替えをする。だから、開けられない
質問4:じゃあ、2004年のがあるという、倉庫「ライブラリー」を見せて!(これもかなりごねた)
答え4:ダメだ。ライブラリーを管理するものしか入れない。僕も入ったことが無い。清い人じゃないと入れないのだ。
質問5:シヴァサミーのお父さんはアルムガン。アルムガンの弟子にカンチプラムのD。バラスブラマニアンはいるか?
答え5:いる。
質問6:マニバは先生はアルムガンではないといって、S(名前書いた紙を忘れてきたため、イニシャルで言った)なんたらといっていたが、マニバの家系を教えて欲しい。マニバの先生も含めて!
答え6:マニバの先生はサダシヴァム。サダシヴァムはアルムガンの兄弟。サダシヴァンの奥さんのお母さんの妹の子供がマニバ。
※1:その後の確認により、サダシヴァムの館の人もマニバが弟子だと言っていた。そして、サダシヴァムはアルムガンの上の兄でもあるといっていた。
※2:ただし、インドの兄弟という関係は非常に遠い血縁でも言われることがあるため、現在はこのような家系を載せておくが、もう少し、変わってくるかもしれない。ただ、現在日本で言われている関係よりは詳しいはずである。
質問7:サダシヴァムはまだ、生きてる?
答え7:生きてるよ(勝手に殺すなって感じでマニ苦笑)
質問8:この館のマハシバナディとマハシバシュクシュマナディの違いは?
答え8:マハシバナディ=アガスティアの葉。マハシバシュクシュマナディ=シヴァナディ
※多分、マハシヴァ<シュクシュマ>ナディといったほうが、<シュクシュマ>がついている分、付加価値がついた感じになるし、実際に現在、そんな<さらに詳しいぞ!お得だぞ!>みたいな感じで日本で騒がれ始めてている。
逆質1:マニバが君にオリジナルだといって、騙してるから金返せ!と言ってみろ!で、返さなかったら、警察呼べ!云々、、、。
答え1:はぁ。別に私にマニバオリジナルっていった事ないけど、、、。(それどころか、オリジナルってそこが勝手に言ってるだけってどこの館でも聞くんですけど、、、心の声)
逆質2:12−13th/4くらいにマニバが電話でこの辺の館に電話して苦情言いまくってたみたいだけど、、、。
答え1:ああ、してたしてた。私がシヴァサミーのところの話をした後にしてたよ。で、マニバが二階に連れて行って葉の束を見せた。だから、ここのライブラリーとやらも見せてくれって言ってるんだよ!
(それは出来ないの一点張り)

シヴァサミーの館に来ていたWさん(日本人)にも感想を聞いてみました。何と彼!バンガロールでも葉を開いていて、2003の秋の検索の時、彼が翻訳を取りにきた時に出会った(というか、見かけたぐらい)のだが、翻訳者が日曜で休みだったこともあり、翻訳が上がってなくて「また来てね!」といわれていた人物であり、今回もなぜか、シヴァサミーの館に「この前、葉を開いたから今日、取りに来た!」とのこと。偶然って怖い!彼いわく「この前みた時に、代行の人かなと思って、話したかったんですよ。もしかして、みやぢさん?ですか?頼もうと思ったらもう、インドでた後で、、自分できました。あれ?3月の頭にはインドにいましたよねえ?まだいるんですか?」と、おだてられながらも、聞くとアマチに通じた人。そういえば、なんか、昔も見た感じがする、、、。アマチなご縁なのねー。そういえばマニバがこの前くれた、プージャカンダムの1冊に、ディサーブクティのブクティを更に分けた話が載っているものをくれたのだが、その細かくした時期に「アマチのダルシャン」とあったのだが、おそらく、5月末-6月頭のアマチ来日の時期がその時期に入るんだろう。占星学だとしても、アガスティアが書いたとしても、どっちにしても、すごいというのが、私の感想。Wさん「東京で待ってますね」。と、、あ、で、彼の感想だった。
ところでWさん。両方で開いているけど、よかったら感想教えてください(全章開いているわけではなく、飛び飛び)
マニバ編:
中身:アマチとかサイババとか聖者の名前が結構でて、実際にダルシャンとか受けたりする身としては、すごくうれしいものがある。霊的なことが多いような、感じを受けた。
検索方法:(胡散臭かった?の質問に対して)うーん。特にそれは感じなかった。こんなもんかなーってかんじ
シヴァサミー編:
中身:すっごい細かいと思う。具体的っぽい感じ。1章に、サイババもアマチもいない。9章開いたら出てくると思います?(さあ)
検索方法:(胡散臭かった?誰がやった?の質問に対して)カルティック氏。胡散臭いというか、質問が面白かった
※私も質問は面白いと思った。アンケートを増やさないと!!という感じ
以上、Wさんの感想でした。
 Wさんが買うマンゴーピックル(ピクルス)が+10円とかいって、アマチのダルシャンの600円ぐらいの食事に並ぶかも。。。

などなど、一部、マニバに言われて聞いた質問などしてきました。実際にはまだまだ、さらに突っ込んで、調査させていただいてます。が、今回はこれぐらいがよいかなと、、、。

みやぢの要求「あんた(カルティック氏)の検索はちょーーーだめ!ベリーバッド。私も含め、一部の人、満足できてないよ!次回はティルニャーナムでやってほしい!」もちろん、ティルニャーナム氏にもそれを伝え、快諾をもらった。「いやー、来てくれるんだったら、それでいいよ。ティルニャーナムが検索する。僕たちは(シヴァサミー経営の)レンタルハウスに住んでるからね。早く、家が買いたいから(おい、カルティックよ。おまえにはプライドはないのか?と、密かに思ったが、、)ちなみに、そこのあなた!そう、君たちだよ、君たち。カルティックの検索が胡散臭いと教えてくれたそこの君たち。代行で苦情、伝えておきました。ちゃんと、検索したことは覚えていたらしく「あーあー、確かに僕が検索した!」とか、言っておりました。

そして、とある方からメールにて「カルティック氏に当たって残念でしたね!ティルニャーナム氏だったら違った体験が出来たかもしれませんよ」と言われました。正直、カルティック氏にあたってよかったと思いました。だって、かおりまゆみさん=「よして」の葉を検索したのはおそらく、このカルティック氏ではないか、、というのがあったから。ぱんた笛吹+香まゆみさんたちの「アガスティアの葉の秘密」(たま出版)の舞台はここ、シヴァサミーの館で行われたという事実があり、「よして」なるまゆみさんが「ぴんぽーん」と聞いたと本に書いてあるとおり、カルティック氏も「ピンポンピンポン」言いまくっていたからだ。(昔やったピンポンダッシュを思い出しちゃったよ、、、)もし、ティルニャーナム氏に当たって、私が「おおー!すごい」と思ってしまうより???と思っていたほうが、やはり楽しいと思わないかね?なかなか、答えが出ないところが、人生だ。代行をする限り、あくまでも人の代行である。私のお客さんがこんな苦しみを味合わなくて、本とに良かったと思っているよ。いいことも確かに多いが、嫌なことも多い。それが代行という仕事の代償だと思っている。でも、その「苦しんでいるみやぢさん」をまた、自分を他人のように見るのも、また楽しいものである。

これを読む人たちにひそかにみやぢ的、自分自身で行える救済法を伝授しよう。

あなたが元気な時。
とても気分がいいときに、つらかった過去を思い出して、そのつらかったあなたに対して、パワーを送りなさい。過去の自分に対して「頑張って!」と励ましてあげなさい。
あなたが元気のない時。
未来の元気なあなたがそのつらい今のあなたに「頑張って!」とパワーを送っているはずだ。それを上手にキャッチしなさい。送った分と、キャッチ出来た分、楽になるはずだ。

あなたはあなたの力により、救済されるはずである(鏡を使うとより効果的?!)。未来のあなたがパワーを送ってる!?と考えるとまた、楽しいものでもある。
 
話がずれてしまった、、、。
カルティック+ティルニャーナム+マニの三人が独立して「日本人のための館」をやるらしい。君と、かいととよしこと、こうじが来てくれたらいいなあ。というのが、希望らしい。

私はカルティック+ティルニャーナム+マニ、そして、館のマニ以外の翻訳者で「スワミ」をいわれている爺さんに、私の「アガスティアプージャブレッシングカンダム」を4冊のうち、二冊を見せた。あの、だまされまくる話が載っているやつも含め、だ。
「これは、誰が書いたのか?マニバ?」と、はっきりいって、グルジといいながら、マニバへの裏切り行為ともいえるようなこと平気でやってのけるみやぢさんではあるが、私は研究者だ。やらなければならない答えは「アガスティアが書いた。絶対に葉に書いてあること以外はかかない」だった。私はある意味、すごいとおもった。そして、続けた。「じゃあ、この館の人は私を騙しているの?」その答えは「騙してはいない。13/14章にしても、払いたいと思えば、払うものであるし、払いたくないと思えば、払わないくていいものだ。葉を開くにしても、そうだし、君が仕事をするにしても、君が決めることだ。騙していると思えば、騙しているし、騙していないと思えば騙していない。・・・」と、どこでも聞く答えにしか、結局はならないのである。し、実際にそうではある。(が、さすが、マニ!だぜってところだ!)

正直言おう。私は実際は「作っていても、作っていなくても、どっちでもいい!と思っている」。できれば、本当のことは知りたい。つよーっく知りたい。でも、本当はどっちでもいいのだよ。なぜ?私の葉は間違いもなく、あたり続けるし、努力し続けるからだ。私の葉はどのような検索スタイルをとっていても、あたり続ける。これが、私にとっての真実であるからだ。でも、別に葉に書いてなくても、今、渡されたとおりのことを自然とやってしまってるだろうし。が、シヴァサミーの館の葉は実際、ほとんど目を通してはいない。1−15章+特別章(2章)を開いたか、、、代行者である限り、「実験・モニター」として、だけである。ただの痛い出費のみだ。
仕事としての質問が終わったあとは、マニと話していても、ブレッシングカンダムに他の館の人は嘘をついて洗脳するとあるのだがマニバも洗脳してると思ってるよ!と、結構笑いながら話しているのだ。「別に私にだけだったらだましていてもいいよ!私だけだったらね!」
 しかし、 マニおじさん(42−3歳)は、さすが大学3回でてるわ、現在も、心理学を勉強しているだかで、はっきりいって、頭もいいので、3人の中でブレインとして、今後、活躍するであろう。一番、話していて楽しい人物である。何を言うのかな?彼が言葉を言う前に、先に考えてしまう、、、そんな感じの人物である。

 でも、私が唯一、アガスティアの館の中でグルジと認めるのはマニバだけである。マニバを通してアガスティアが必要なことをいろいろな形で言うからだ。代行検索を行う時間は私はずっと生徒なのである。そこで勉強してきなさい、と、つけられたグルジの一人である。そして、常に思うのであるが、カンチプラムも含め、それぞれの館すべてがとても神に近い場所にあるということである。

PCが動かなくなりました。理由は、、
翻訳者チャットにて:君は横で見てても、気前よくポイポイとデータを捨てるからね、いつも、だいじょうぶかなあと思いながら見てるよ。・・・・。
そう。やっちゃいました!がびょーん。PC動かない事件により、翻訳かなり遅れます。日本にもゴールデンウイークにつき、帰れないし。

アンダマン諸島からヴァディスワランコイルへの道
(2004.04.29)
朝、7:45ごろ、宿を出ました。ポートブレアの宿は200rsのみやぢ的なお宿です。宿を取った日、そこのオーナー?らしき爺さんが私のパスポートを見るなり「君はサイババの信者なの?」(これはバラサイババ。でも、プッタパルティにもいったよと、伝える)と、爺さんオーナーも自慢げに、財布からサイババのミニミニカレンダー(足ばーじょん)を取り出した。私も負けじと今回たまたま、お土産用に買った中の一枚を財布に入れていたので、それを取り出し爺さんに見せた。結構きれいな顔の写真のミニミニカレンダーだったので、じいさんおもわずためいき!日本にも配るほどあるので、爺さんにそのカレンダーはあげた。私が持ってるより、いいはずだ。「サイラム」お互いにそう交わし、宿を去り、ポートブレアを後にした。

11時。チェンナイ空港に降り立った。あれ?「シェアコーチなるものがある!100rsは安いなあ。コインヴィルバススタンドまで!。そして、バスに乗り込んだ。私がのったバスは国際線から回ってきたバスであったため、DFSの袋をもったインド人が5人乗ってきた。どこだかわからないが、家の前で止まって4人降りた。38kgもあるバックとかをごろごろっと降ろしていた。
 
で、あと、10日後に私もシンガポールに行くんだよ!とか、これからポンデシェリーに行くのー。僕もたまにいくよ。などなど、残ったおじさんと少し話していた。でおじさんの家についた。息子もお出迎え。奥さんも出てきた。お友達と海外旅行にいく、インド人の家ってこんなんかーっておもって、みていると、次回インドに来る時は電話でもしなさい。と、おじさんはパンフレットをくれた。走り出す車のなか、パンフレットを開くと、そのおじさんはなんと、サイババの音楽CDなどで太鼓をたたく人だった。シンガポールにもそれで二年行ってたとも書いてある。

 シュカナディのおじさんが「神はいつも共にある!」と言って来た時「知ってるよ!」と、言ったが、改めてそういう風に言われてよかったと、改めて思った。バンガロールの葉にはつねにサイババがごろごろ出てきて、いつも祝福しているとあるのだが、なるほどね!というところであった。

そして、バス停に着き、ポンデシェリーまでのバスに乗った。途中でとまる小さいバス停にて、今の時期限定だと思われるブラックココナッツを買い、幸せを感じながら、45rsにて、ポンデについた。

5時過ぎてたら、ここに泊まって自腹きってタクシー乗ったる!という意気込みだったのだが、4:57。ぎりぎり、5時前。夜中になってもいいから、バスで行こうと決める。

でも、バスがわからない。現地語で行き先が書いてあるバスばっかり。うわーん。で・も!「聞く!」なんども「聞く!」ひたすら「ヴァディスワランコイル」という。みんなに聞きまくったおかげで、バスまで連れて行ってもらい、5:45発のバスに乗れたのだった。

どこ行きなのかは結局、わからないバスだった(もちろん私だけ、わからない)。ヴァディスワランコイルには9時ごろ着き、ぽつんとなったのでした。

夜中の9時。どいなかヴァディスワランコイルは、いたるところにあるシヴァサミーの館+シヴァサミーの宿看板が白くはためいているのだが、前に来たときにどこだか、チェックしてなかったために、わからないから、シヴァサミーの館に向かって歩いた。ら、右手側に「S・シヴァサミー」とあるロッジ発見!ああ、これか、、と思って、そこに泊まることにしたのだった。

 9:30ごろ、ご飯を食べに行くついでに、シヴァサミーの館によった。電気ついてるじゃーん。スタッフもいるじゃーん。「仕事終わってる?」と聞くと、カルティック氏に電話をしてくれた。「出来てるって!明日、朝9時に来なさいだって!」ということで、ご飯をその辺で食べて、PCの中身のチェックをした。

そして、壊したのでした。

アンダマンの「HAVAROCK ISLAND」から戻って来たみやぢです
(2004.04.28)
それにしても、オーストラリアも、グレートバリアリーフにある、小さい島を転々としながら北上したぐらい、わたくし、宮島だけに、実は「島好き」なだけあって、アンダマンでも、ダイビングができる島に移動してきました。
そこはもう、観光地でして、イスラエル人がなぜか多く、また、それにしても、日本語をちょびーーーーと話せるイスラエル人が2人もいて、ありがたいことに、ちょろちょろと、「げんき?」とか、声かけてくれた。観光地の英語はかなーーーり早く、私はやっぱり、「英語ができないんだ!」と、自覚させられた。

このポートブレアもかなりな田舎だけあって、なーんもないのだが、HAVAROCK もさらになーんもなく、通信手段もなく、メールなどもしなかったら、うちの翻訳者さんに「今日は頭が痛いから、いやな予感だ、、、。海にしずみっぱなしになったかとおもった」と言われた。うちの翻訳者さんの霊感もそんなもんさ!あっはっは。

そんなわけでして、一人リゾートですごしたみやぢは、明日4/29にチェンナイに戻るのであった。

ダイビング4
(2004.04.27)
今日は、ダイビングがなぜか、できない日だった。説明していたのだが、わからんかった、、、。まあ、ないってことは理解したから、いいやとおもって、聞かずに終わった。
暇なので、ちょっと翻訳をやって、洗濯もして、ジェティに行くことにした。が、はっきりいって、どいなか。何もない。リクシャーもこない。しかたがないので、歩いた。あるくこと、3KM?!
リクシャーがあったので、のって、行く。ジェティーまで20rs。やす!そう、近かったのだ。
で、行ってもやることもないのでその辺でフィッシュカレーを食べ、船のチケットでも買おうと思ってなんでみたけど、ぜんぜん、販売してないし、、、、。困ったな。と思ってたら、ホテルの車が来たので、「チケット買いたい」といったら、「明日でもいいよ」といわれ、1.5時間もそこでまった私をあほすぎると思いつつ、まあ、帰りはホテルの車でかえろーっとおもって、乗り込んで、ぼけーっとし、ココナッツを売っているのをみつづけていたら、ほしくなったので、車を降りたら、ホテルの人が「ココナッツほしいの?」と、買ってくれた。「ラッキー」と思って飲む。で、スタッフのうち一人がリクシャーで帰るといったので、便乗して帰った。

なーんも、することがない一日でした。(翻訳だけはどんどん進んでますよ!)

ダイビング3
(2004.04.26)
ダイビングにいってきました。昨日と同じ場所、、、。1.5−2時間もぽんぽん船にのっての移動。つらい。
ダイビング好きに見えるかもしれないが、実は船酔いと、波酔いになりやすいのだ。昨日のこともあるので、同じ場所ときいて、気分は最悪。おまけにちょこっと風はつよい。
「あー、げろりませんように!」

で、なんだかんだいいながら、まあ、なんとか、気分悪くなりつつも、げろせず、2本潜って、来ました。でも、この日かなり日焼けしてしまったよ。ぎょー!

ダイビング2
(2004.04.25)
1.5−2時間もかけて、ダイビングスポットにいく。長旅だ。ぽんぽん船はのんびりすすむ。
昨日より、きれいな海であった。かめとか、超でっかいエイ(マンタじゃないよ)もいたりして、面白かった。最近、動画にこっているみやぢは、もちろん水中でも、動画をとって見た。いいねー!

※今回、写真を買う人はかなーーーり、楽しくなってます!プージャも動画で少し入って1000円。よかったらみやぢ出版から、買ってね!(アガスティア代行からは利益が出せないので、ささやかに小銭を稼ごうとするみやぢ)それにしても、PCのHDDの空きがなくなった、、、さて、どうしよう、、、。今時、3GのPC使ってるのに問題があるのか?!

二本目のダイビング。途中で波酔いにより、水中で気分が悪くなる。吐きたいけど、はけない、この苦しさ、、、。(水中で吐くと魚が来るんだよ!笑)きれいなはずの海が、楽しいはずの海が、はやくあがりたくてしょうがなかった。

で、やっとあがったら、海上はさらに波があり、船にあがるのにも時間はかかり、止まっている船もまた、ゆーらゆらゆーらゆらなので、最後ほんとに船からげーげーはいてしまった。おえー!

でも、吐いたあとは、すっきり!
1.5−2時間の船旅を快適な眠りとともに、すごしたのだった!

ダイビング1
(2004.04.24)
わーい。念願のインドでダイビングだー!ゴアであるかとおもったら、なかったんだよねー。インドでダイビングは無理だと思ってたら、できた!うれちーよー!
もう、これが最初で、最後かもしれないという、なぜか、さみしい気持ちもある、みやぢであったが、それでもるんるんだった。

HAVEROCKはなーんもないところだったが、ダイビングができるので、ほんとよかったよ。上陸したとき、海が澄んでいたので「あー、来てよかった」とほんとに思った。

が、シーズン的に4月までがいいらしく、そろそろ海が濁りはじめるときであり、すっげークリアというものではなかった。が、まあ、きれいであるには違いない。

じゃぼーんと、潜ってみる。「。。。耳ぬきができない」。耳が痛いよー。何度も浮上して、やり直すができない、、、。「ぎょー!できないよー。このまま、終わるか?!」と、まあ、初心にもどって、水面からやり直しをして、耳ぬき成功。最初から、失敗してたんだー!あははーん。

で、二本潜った。

夕方部屋に戻ってから、、、が、大変だった。耳が痛いのだ。こんなに痛いのは初めてである。潜水病?!めっちゃ痛い。いたいよー。と、一人、どうしようかと、悩みつつ、連絡方法もなければ、症状を調べる手段もない。国際電話か?!と悩みつつも、痛み止めを飲みながら「サイババ直してー」と、調子のいいときだけ、お願いしてみた。

ら、効いたのか、直った。これにはびっくらたまげたよ!

そんなわけで、どきどきしながらよるを過ごし、翌日もすっきりしたままであり、ダイビングをすることがで来たのでした。

移動、移動、島を移動
(2004.04.23)
ポートブレアから、HAVEROCKへと、移動することにした。ポートブレアの「ホリデーイン」(名前だけ)のスタッフが、「明日帰ってきなさい。ほかにも見所があるよ!」と、妙に薦める。(私はダイビングがしたいんだよ!と、心の声)
珍しく旅行会社の人に船のチケットをお願いしたのだが、チケットがない。「あー。やっぱり、自分でやれることはやっとけばよかったよ」と、後悔した。船着き場で結局、チケットを買い、そのまま船へ、、、

よく分からんが、船のスタッフの人がスリーパーの席をくれ、そこでごろごろ「浜あゆ」聞きながら、ご機嫌でいたら、「船長が呼んでるから、来て!」といわれ、???と思いながら行く。すると、なぜか、そこに旅行会社のスタッフが、、、いた。
船長いわく「旅行会社の人が君を探してたから、よんだんだよ」とのこと。船長室はとっても、クーラーが効いて、涼しかった。で、そのスタッフは船長室から追い出され、私と船長だけが残った。
で、船長と世間話をしてたら、船長のご飯が届けられた。「君も食べる?」というので「うん」と、うなずくと、別にちゃんと新しく持ってきてもらった。遠慮なく、いただく。どこでも、ご飯には不自由しないみやぢであった(笑)。

暇な船長は、操舵室にも案内してくれ、ぼーっと、運転を見せてもらった。そして、船長はいった「ところであの旅行会社の人は君のスタッフ?」もちろん私は「ノー。勝手についてきたんでしょ!」と、答えた。

さて、困った、困った。旅行会社の人間に連れて歩かれるはめになったら、、、、。わたしゃーバックパッカー出身だよ。旅行会社?ガイド?ありえん。困りながら、その日を何とかすごす!これだよ、これ!
で、船はHAVEROKCKについた。どーこーにとーまーろーーーかな?と、考えながら、歩いていると、看板を発見。「このホテルはダイビングもできるのね!」と、即決。運良く、すぐにそのホテルのスタッフを発見。そのまま、連れていったもらった。さよなら、なぞのガイド君。と、一人、旅行会社の人間をまいたと、喜んだ。

そこは、島で一番高級なカードが使えるホテルでした。
※なお、ほかのホテルには、絶対に住めませんでした。理由は「現金の持ち合わせがなかったから!」ほかのホテルに泊まっては金が払えず、ダイビングができない!その理由のみで、そのホテルにしたのだった。なぜ、金がないかって?!アンダマンのホテルを調べたときに「ホリデーイン」があったから、まあ、リゾートホテルがあるくらいだから、CITIBANKぐらいあるでしょ!と、思ったのが間違いだったのだ。同じつづりの「ホリデーイン」は普通のホテルだったのだ。ATMがあったので、CITIBAKNKカードを入れてみたが、お金がおろせなかった。カードが使えるホテルに行くしかなかったみやぢは、予定外にも何が悲しくて、一人リゾートホテルにとまらなかんのだ!というところでした

now chen-nai domestic airport am 5:18
(2004.04.22)
ima kara am 6:00 no air nite [andaman] ni iki-masu. sibaraku bo---tto site ki-masu.
TK-san ni [hama-ayu tape]wo muri-muri moratta no de,
hon-yaku no aima ni bo----tto siyo--to omoimasu.

21日の11:45。
みやぢ:「前世ではお世話してあげたでしょ!今世はお世話しなさい。来世があったらまた、お世話したるわ。あ、でも、一応、解脱になってるけど!」
KTさん:「なってないなってない。君助けてもメリットもない!」
といわれながらも、KTさんに荷物を持ってもらい、リクシャーに乗り込みホワイトフィールドをあとにする。で、バンガロールのバス停にむかった。バス停では小遣い稼ぎのがきんちょが荷物を運んでくれる。それだけでチップをやるのはと、思って、20rsを渡して「水1L買ってきて!」と、お釣をあげようと考えた。がきんちょは、水を持ってきて、目の前であけて渡し、お釣5rs(あれ?少なくないかね?)を渡してきたが「チップ」といって、そのままにした。
で、一口水を飲んだら、、、。「???」。においがする。見ると何かが浮いている。「あの、がきんちょ!からボトルに水道水入れたな!」とさーっとがきんちょの前に行き「見ー、これは水道水だろ!」と詰め寄った。最初知らん顔していたが、周りの大人たちに現地語で何か言われおとなしく20rsをポケットから出した。かちーん!がきんちょでも容赦がないみやぢはびんたを二発食らわし(大人がこれ以上は!!と止めた)、かばんから持っていたペットボトルの水を飲んだ(小遣いやとうとおもって、わざわざ水を買ったのに、、、という心境。まあ、余計なお世話てっところってか!)インドに初めてきてから、10年になるが、初めてやられたよ!「水道水」。
そういえば、今回は「どろぼう未遂」にもあった。夜中に電気つけてまど開けっ放しでうとうとーっとしていたら、竹竿に釣り糸をまいたものが部屋に入ってきたのだった(笑)。殺気に気がついたおかげで逆に釣竿をゲットしてしまった!といっても、窓は高いところにあるし、道具は短い竹の棒と釣り針というもので、ぜんぜん部屋の中には届かないという代物だったのと、気がつくのも早かったので、なーんもなかった。TちゃんとTKさんに話したら「今時ない、漫画だわ!」と大爆笑された。ねたには困らないみやぢです。

一連の事件は「みやぢ的愛と復讐の大地」といったところでしょうか???

アンダマンのみやぢです。
はっきりいって、このポートブレアには、なーんもありません。明日、島を引越しします。そしたら、ダイビングもできるかも!こう見えても、レスキューダイバーまでの資格(誰でも取れるってば!)は持ってるみやぢでした!

バンガロールからチェンナイへ 450rs ボルボバス移動
(2004.04.21)
TちゃんとTKさんに大変お世話になってしまい、また、楽しい時間をすごさせていただき、とても感謝をしつつ、お別れしました。この日が最後のダルシャンでしたが、ファーストにも入ることなく、終わりました。この三日間ずっと、カメラか、ビデオがはいっており、サイババが声をかける人も決まっているような、感じでした。席もテレビにしっかり映るところは、セバダルや決まった子供たちが配置されておりました。

私たち三人がよくだべっていたことの一つは「世の中金だよ!金」ということが多かったような気がします。お金で人が動くということ、霊性とかいいながら、ほんとはお金!ということが実際には多いということ。イラクで3人が捕まったが、もし、本当に捕まえた人物が彼らが信じる神に完全に身をあずけたのであれば、開放などはないはずだ。
お金は確かに世の中の潤滑油である。物事をうまく運ぶのにもってこいの道具である。が、結局は金なのか?

バンガロールから朝早起きして5時のバスに乗ってぎりぎりトークンに間に合うか間に合わないかということだったので、最後KTさんところに転がりこませていただき、なぜか、一晩中、元代行者の彼とアガスティア論や世間論について語った。「私はインド人にもだまされたと思うが、日本人にもだまされた。」とKTさんにいうと「だから、お金なんだって!おーかーね!お金のためにうそをつきとおすのさ。霊性?!そんなものあるわけないじゃん。アシュラムに来てたって霊性修行にもならないよ!代々続く、家系にたいして真実の葉があるか、どうか探そうとしたってわかる分けないじゃん。持っていなくても、彼らからぼろが出るわけない。10年代行でやったって、だまされることもあるわけだし、4−5代と続く家系が簡単にぼろをだすわけないでしょ!代行会社にしたって、あれ?って思ったとしてもいうわけないでしょ!それどころかあすかちゃんが間違っているとたたかれるだけだよ!あははははー」と、まあ、いいたい放題言われまくったがそのとおり。彼はある人物を通して、代行をやっていただけだったのと、その当時、いっしょにお寺回って!という友達がいたようで、いろいろ回る時間もあり、かなりだらだらとインドに滞在していたのと、私が今、調べていること以外を調べまくった人物でもあるため、二人合わさると裏話炸裂!彼もまた、マニバにかなり可愛がられていた人物ではあるが、マニバはさすがだよ!と話す傍ら、今回の出来事などなど話すと爆笑されるしかなかったが、、、。しかし、さすがだよ。神というものがあるというのであれば、今回はとてもきれいに物事が流れた。私にはずっと夢があったのだが「私のレベルがあがったら「シヴァサミーの館で葉を開こう!」というものであった。「シュカの葉も、自分が落ち着いたときに開こう!」と思ったりもしていた。KTさんと今回はぜんぜん、会う予定はなかったのだが、一度インドで会ってみたいなーと思っていたのだが、それらが一気に起こった。私が検索者としてのレベルがあがったこの時、すべてが起こった。そして、今回サイババとなーんにもなかったことは私にとって、安心をもたらした。過去ずっとあり続けることははっきりいって、プレッシャーであった。みやぢさんなら、、、という淡い期待をもたれ続けるのも疲れたのだ。

「さて、こっからどうしようか、、、、」それは思う。ただ、代行者としてのレベルはあがったとは思うが、アガスティアやシヴァ神が期待するレベルにはなっていないということだ。とりあえず、今回の仕事を終わらせてから、考えようと思う。

「聖者アガスティアはいたか、、、。本当に彼はいたのだろうか?誰が作ったのだろうか?」と、途中思うぐらいまで、大混乱は起こったのだが、アガスティアはたしかにいた。そして彼は今なおもいる。アガスティアマライにいるかどうかはわからないが、私の中に彼はいた。そして混乱から救い続けているのだった。

今日のサイババ
(2004.04.20)
「おっしゃー!」今日は前から、3列目!なかなかいいじゃーん。サイババがよく歩く、男女の仕切りの真中レーン。ふっふっふ。
 
 と、思って喜んでいたら、サイババはなんと、真中は歩かず、まっすぐ、男性側の方まで歩き、そのまま、男性側の端っこを歩いていってしまった。「ええー!」。女性陣にいた、子供の一人はわんわん泣き出す始末!
 
 KTさんといえば、、、めんどくさいからと、7:30すぎに部屋を出て、真中レーンから外れたところにいたらしい。そしたら、「目の前で車に乗って、いっちゃったよ!」と、ぶつぶついっていた。Tちゃんももちろん、だめ!「カーダルシャン」。

 その後、三人でまたまた、TKさんの部屋に行き、わたしがバンガロールで買ってきたペパーミントティなどを楽しみました。K川さんが帰ったらしく、その部屋に移ったKTさんは、さっそくお香をたき、浜崎あゆみベストアルバムを流す。馬鹿話。昼過ぎまでだらだらだら。いかーん。みやぢはバンガロールで最後のお仕事があるんだー〜!

 ということで、昼ご飯食べてから、13kgの荷物をみやぢ運輸にお願いして送りました。昨日は25kg送ったので、はーーーすっきり!お土産やら、アガスティアノートやらは日本に行きました。これでかなり楽チンです。4/25ぐらいには日本に届くことでしょう。今回は送料だけで、、、24000rsは使っちゃったかなー!ぎょー!もらっているインドー日本の送料は赤字!まあ、いつものことさー。あははははーん。

みやぢ貿易よりお知らせ
今回は、アーユルベーダオイルはありませんが、とあるお客様よりのリクエスト「サンダルウッドオイル 10ml」を販売予定。現地でもぎょーたかーいという商品!(現地定価で760rs=2300円)メーカー名はあえていいませんが「おおーさすがみやぢさん」というところのものです。これを2500円でおすそわけします。数にはかなり限りがありますので、ほしいかたはお早めにメールしてください。(胡散臭いオイル/混ぜ物入りではありません。100%ピュアオイル。合成のものより香りが持続!インドといえば、サンダルウッド。そんなみやげ物やの素敵な香りをあなたに!)

いつも、みやぢ貿易をご利用いただき、ありがとうございます

お客様の声
瞑想するにはもってこいの香りらしいですよ!(知ってるってか?笑)私は瞑想しないけど(苦笑)、ガヤトリーを聴きながら香りを楽しみたいと思っています。気功の時にも良いかもなー。今度試してみよう
かな。相乗効果が期待できそう!?とても貴重なものなので(白檀の木は伐採できるまで成長するのに30〜40年かかるらしく、インド政府の規制も厳しいとか)1滴1滴大事に使わねばねー。10mlなら200滴(回)は楽しめる(はず)!

だそうだ!

移動、じゃないじゃーん
(2004.04.19)
やっぱり!
 移動説は、またまた、くるっていく。21日?25日?と、現地でも情報が飛び交う飛び交う。ということで、ダルシャンありました。参加もしました。空港に行かなくて良かったよー!という感じでしょうか、、、。
 が、昨夜、Tちゃんと、KTさんとインド人2人の5人で、遊びに行ったら、「選挙」だということで、飲酒系のお店は全部しまっていた。売ってもいなかった。仕方なく、レストランで適当に食事、、、。一番、インド人の子たちががっくりしていた。彼らはKTさんのお友達で、ナンパを考えていたようだったからだ。

で、Tちゃんはアシュラムの中に住んでいるので、門限9時ということもあり、私はバンガロールに宿はあるのだが、Tちゃんと一緒に広々ベッド3つの2DLKのところにすむKT氏の部屋へ、お世話になった。
 
そして、朝、1週間以上TK氏はインドにいるのに、一度もダルシャンもバジャンにも出ないで、のんびりしていたのもあり、「3人グループね」と、かってにグループになって、6時部屋を出た。TKさんは6:30に出たらしい。Tちゃんはいったんアシュラムの部屋に戻っての参加、、、。

 さて、どうなったかというと、、。
私は6時に出たはいいが、座布団がないなあ、と、Tちゃんの部屋に行って借りて、トークン(くじ引き)に並ぼうとしたら「げー、すでに始まってるじゃん」ということで、トークン終わった最初の待ち列になった、、、。Tちゃんはそれより遅く来たので例外。男性側は6:30以降のトークンだったようで、TKさんは8番くじだったようだが、サイババが今、どこを歩くのかを知らないがために、、、。変な場所に座ってしまっていた!(笑)
 私はというと、それでも、ファーストラインから5番目というまあ、悪くはない位置にはいた。サイババは女性側に来ていたが、手紙なんか、そっから届くわけないじゃーん!終わった、、、。

 今日のダルシャンは、テレビかビデオの撮影が入っており、サイババはいつもより、ご機嫌ご機嫌。多くの人の頭をぽんぽんたたくわ、ビブーティを振り掛けるわ、おまけにネックレスの登場。が、このネックレスはハンカチからでてきたっぽかった、、、。もちろん、サイババはビデオの前で多くやっていた。ビデオーサイババーみやぢという対角線の時に、ネックレスやらビデオやらがよく出されていたので良く見えた。

 私が早く起きたのに「座布団」とかいって、自分のことにはしっちゃったのが、悪かったんだー!またやっちゃったよー!と、嘆いていたら、何でも持ってるTKさんが「昔、インタビューの時にもらったサイババのビブーティあげるよ。袋ちょっと穴あいてるけど。よかったねー。あはは」といって、くれた。「でも、ほしいのはこんなんじゃないでしょ!」と、つけたしされたが。
 
 そして、今日は荷物を一部、送ったのと、マニバのところにいって、単語の意味の確認などしたときに、「マニバー!これ、いつだよいつ!!いつ??」と、きいたところ、「ディスイヤー。クイックリークイックリー」とばかり言う。「マニバが書いたの?!アガスティア!?」と、いつものように聞きまくる。「アガスティアライティング!」「リィアリー?」「リィアリー」あと、8ヶ月の辛抱だ!

サイババダルシャンタイム (多分今回のストチャンスです)
(2004.04.18)
朝、4:45には、ホテルを出て「市バス」にてサイババアシュラムに向かいます。

 今日は私にとって、特別な日です。3年前、マニバサカンのところを訪れ、初めて葉を開いた日です。多分(4/19かもしれんけど)。
 
そして、4/13のブレッシングカンダムにサイババに手紙をわたし、それをとってもらい、また、ビブーティをもらうとありました。いつとは、わかりませんが、今年だそうだ。

 4/18、、、。この日に焦点を合わせて来ているので、よかったら、いっしょにお祈りしてください。マニバサカンにもらってマニバのところの封筒に皆さんの指紋をいれて、トライします。
 10年ぐらいまえ、マニバサカンもサイババからビブーティもらったと、自慢されたけど、、、、

早起きがんばりまーす
みやぢ

が、この日はなんと、日曜日で朝からバジャン(歌だけ)だった、、、。がく!

sai-baba dalshan japanese time AM 11:00
(2004.04.17)
oinori sima sho--! Let'S PRAY TO SAI-BABA

japanese time AM 11:00

今日は
(2004.04.16)
 KTさんに会いました。元代行検索者さんです。KTさんはもう、検索はやめてしまいましたが、その子孫?というか、HさんとKさんが現在、やっているようです。
 で、Tちゃんと3人でKTさんの部屋に遊びにいって、お茶をご馳走になりました。いっぱい、いろんなものを持ってきてるKTさんに「緑茶が飲みたい」「次は味噌汁」「次?次はアールグレーでいいよー」などなど、言いたい放題。そして、3人でだべくりまくった。もちろん、あほ話ばっか。
 KTさんがいうには「あ、この階の一番上に、Rク○シュナの生まれ変わりと、葉にあったというK川さんが泊まってるよ!」との事。「ええー!、まじー!?ちょっと、しゃべってきたいんだけど、、、」「いいんじゃない?僕は知らんけど、、、○ちゃんと俺仲良かったからな」
 そして、午後のバジャンのときTちゃんと「しゃべりたいんだけど、何相談したらいいんかねえ?」いろいろと、持ち上げ話を作ってみたが「いやー、そんな台詞よういえんわ」と、結局「イラク3人捕虜問題が起こりましたが、どうしたらそういう問題はなくなりますかねえ?」という、意味がありそで、又、問題深そうな質問を突然訪れしてみた。(KTさん友達情報によると、日本ではなかなか話が出来ないらしい?!)
 ま、お話をして、そして、禁句のSチャリア問題も聞いてみた。多分、これが一番聞きたかった!K川さん的ご意見も聞け、そのまま下に降りて行き「話してきたよー!うーん、いい体験だった!」
 と、また、3人でがはははーっと話をして、夜7時、ホワイトフィールドから、バスでバンガロールに戻っていったのでした!

アガスティアプージャでーす。
(2004.04.15)
日本時間夜10:00ごろはじまりまーす。1時間ぐらい。その後、ご飯たべて終了です。みんなのファイルをまた、持っていって祈ってもらうねー!

そうそう。マニバが今、アガスティアテンプル(2つ目)作ってるんだってさ。一つ目は、僧侶と問題が発生して、、、。取られた?!っぽくって、、、。あはは。来年出来るよー!っていってたから、ちょっと、ささやかに寄付しとこ。多分、集まったお金は、お寺の建設に回されてる感じがする。マニバはかなり、ホーリーライフを送ってるしね。ま、おもろい、おっさんさ。

 会う人は「何考えてるか、わからん」って結構思うみたいだけど。

カルマ解消
(2004.04.14)
とりあえず、フルーツとか、花とか、サリーなど基本的なものをとどけたのと、お金もほとんどはらったので、今日、日本時間夜10時頃、お祈りをしてもらいました。
 ささやかにマニバのお祈り風景を撮りました。デジカメでの動画ですから、、、、。短めです。

 あ、明日がアガスティアプージャです。マニバが間違えました。まあ、カルマ解消のお祈りやってたから、まあいいか。それもプージャだし!!写真はまた、改めてUPしまーす。

そして、今日、シュカの葉行ってきました。(こっそり隠れて!もちろん、マニバにも伝えず、そして、いまだ伝えてない。しばらく、私はマニバグルジにだまされようと思ってます!でも、マニバには内緒でこそこそやるみやぢだった!<今日もサイババアシュラム行ってきたよ!>とのみ、伝えたのだった)

そういえば、今日、アシュラムいったら、Tちゃんに会った!去年いっしょの部屋だった子だ。さらにいうと、おととしもプッタで、出会っている。で、遊びにおいでよー。と、部屋番。あれ?去年といっしょだねえ。私の好きな部屋だ!そして、遊びに行くと、、、
「あー、おばちゃん、元気じゃん!病気よくなったの?」
去年、部屋で蚊取り線香をたいたら、。「私は病気なのよ!これは毒なの!」と、激怒したおばちゃんがいた。ま、怒ったのはその一回で、あとはTちゃんと私たちにも、毎日「サラダ&フルーツ」の朝食をくれていた。Tちゃんもかなりな毒舌なので「あのモスキーおばちゃん生きてたね!元気ジャン!きいたら神の恩寵とかいってたよ。」と二人、笑いあった。おばちゃんは、ほんと、いいおばちゃんで、1週間しかいなかった私をきちんと覚えてくれていたのもうれしいねー。長生きしてね!とおもうのであった。

ああ、リーディング、リーディング(すぐに話がずれるみやぢ)
1973年生まれだよね!と、始まった。ほかに今まで開いた?どうだった?今、仕事は何してる?など、聞いてきた。まじめに答えたあと、誕生日の確認などして、リーディングスタート、、、。

まず、ディサブクティなどの説明。うんうん。
そして、
現在のこと。うんうん。兄弟の数!?さっきいったとおりだよ。
ボーイフレンド?うんうん?!
で、過去のこと。
インドではベーダの先生だったんだー。(やっぱり?そうだとおもってたんだよねー)
南ヨーロッパでは、レストラン業?ふーん、
中国でもやっぱり、薬関係のことやってたんだー(ドラッグじゃないよ)

だから、今、それに関することをじゃんじゃんやってるんだー。へーほー!将来、ヒーリングぱわー&チャネリングぱわー?(あれ?どっかできいたなあ。まあ、やろうと思ったら、できそうだけどねー。ふーん)

などなど話して、、終わった。

「何か質問はありますか?」ときかれたので
「あのー、名前は?私の名前は書いてないんですか?」
「基本的には、書いてない」
「え?でも、友達のにはありましたよ!」
「たまーに、ある。たまーに。まれに。」
「。。。。。」(大沈黙。玉砕!あー、変に期待した私が馬鹿だった)
それでもマニバのところの1章の半分のお金を払わせていただいた。

マニバにもらったマンスリーブレッシングカンダム眺めてるほうがいいや!へへへ

ホワイトフィールドに行きました
(2004.04.13)
サイババ、ホワイトフィールドにきてます。
 が、なーんと、コダイカナルに移動するってさ!ひえー!それも18日が有力説!!ぎょー!今回は、終わった、、、。全員はずれです。

 バンガロール組のカルマ解消はじまってます。3日かけて、お金とか、サリーとか、フルーツを持っていく予定です。CITIバンクに夕方いくと、100rs冊でしか、お渡しできません!だって!しゃれにならん。一回おろすのに、手数料かなり、取られてるのに、、、

今日は、カルナタカ州(バンガロール)のお正月。サイババアシュラムはすごい状態。そういえば、最初の時も、お正月だったなあ、、、。

 あ、お正月だからといって、マニバが(3冊目の)ブレッシングカンダムを今、書いてるよー!といっていた。ラッキー。未来いいよ!ということらしい。ありがたいねー!でも、今、翻訳のおねーちゃんが、ずっと休みなので(ほんとに、ずっと休みである。あのブレッシングカンダムはほんとに3/23ごろに書かれたのか?とも思う。3月から見て、の内容になっているし、、、ま、考えるのはやめよ!でも、そんなの書いてるけど<あんた、暇なの?>と、思ったりもしたみやぢ)

ちなみに、1冊目のブレッシングカンダムの最後に、なんたらマントラをやりなさいとあった。その費用は7700rs。23000円ぐらい?ただで、ブレッシングカンダムをもらってもマントラが書いてあるとは!!!二冊目はなかったけどね。3冊目はあるかなあ?あはははは。
 でも、1冊目は、しっかり払うみやぢでした!(笑)

バンガロールのみやぢです
(2004.04.12)
え?あれ?「アンダマン諸島じゃないの???」という声が聞こえてきそうですが、まだまだ、です。はっきりいって、帰国はゴールデンウィークをはさんでしまい、飛行機が取れず、、、、。かえってこれません。

マニバのところに行ってきました。で、ビジネスの話をしてきました。「あんたなんで、13章で「金」なんて書くわけ?!14章もシヴァサミーのところは、一律全て、一日あたり40rsでいいって言ってたけど、、日にちも240日でいいらしいよ!なんで、あんたんところはいろいろなわけ?!」と、4/11チェンナイから疑問をぶつけておいたので、その答えをもらいにいったのです。マニバは一冊のノートを私によこしました。そう、第二段「ブレッシングカンダム」です。そこには延々と、私が他の館でだまされまくってくる話がかかれていました。マニバはアガスティアプージャが3/19に行われたので、3/22−3ごろに書いたと言っていました(が、モチロン私は「昨日書いたでしょ!」と、何度も何度も聞きまくりました」。その答えは通訳は昨日は休みだよ。日曜日だよ!君の仕事終えてから、ずっと彼女は子供の面倒を見ている!と、あまり信用できませんでした。。。)。彼は「これを書いている時、とても心配したよ!」と、言いましたが、それが本当でも、残念なことにわたしはそんなこと、知るわけもなく、隠れてこそこそと、「シヴァサミーの館」へいったりしておりました。

 マニバはその他に2−3冊のノートを持ってきました。「インド人のカルマ解消&14章ノート」です。見ると、金額はやはり、人によってまちまちであり、日数ももちろん、ばらばらでした。40rsもあれば、60rsもあり、また、200rsもありました。違いは<人によってのカルマの違い>だそう。もちろん、金も書いてあり、4gもあれば20gもありました。みんなどうやって払っているかというと「分割」でした。1マンダラごとに来てるようです。延々と、ノートを見せ、住所もすべてインド人であり、二階の部屋に連れて行き、山のようなバンダルを床に並べ、3階にもあるよ!見る?!と、あまりにも私がかわいそうだったのか、そこにあった日本人のバンダルを探し始め、名前を読み上げてました。その人はいつくるのか、ちょっと分かりませんでしたが、他のスタッフも一緒に日本人の葉を捜してくれました。

私のブレッシングカンダムには、「他の館で私はだまされるであろう。私の考えを変えさせようとするだろう。彼らは私を洗脳するであろう。葉の内容を書き換えうそのカルマ解消を教えるであろう。彼らは救済法を変えるだろう。彼らはあなたを変えるためにドラマを作りあげ、あなたをだますであろう。彼らはだましたビジネスを行っている。あなたのパワーは聖者や賢者によって与えられている。サイババの恩寵と祝福を備えている。だーなの方法は32通りの方法があって、人によって、違うんだよ!」ということを延々とのべておりましたが、いつかかれたんだよ!という疑問だけは残りましたが、なぜか、素直に心に響くし、その翻訳は私にすーっと読むことが出来るのだった。確かにもし、葉にカルマ解消が本当にかかれており、金などが本当はかかれていたのに、それを削除するということ、、、。お守りも40rsであれば、金額は安くていいかもしれないが、一律同じ日数と金額、、、。確かにどこかが曲げられているのではないのか???そして、マニバはこれから起こるであろう注意を私に与えた。

私はさらにとある人のノートのコピーを見せられた。6ラックルピーの寄付(180万)+80gの金、、、。チェックしてくれといって持ち込まれたノートらしい、、、。あははははぁ?!え?これ、払ったの?と、思わず聞いてしまった!

いろいろと起こりすぎている。はっきりいって、大混乱だ!マニバ家も私が持ち込んだ突然の、この出来事により、実家?!に電話をするというありさまであった。二階の部屋は、多くのバンダルが散らばり、1階のほんの一部しか、置いてないという葉の棚を見せ(今までは見たことはなかった)、この館で一番英語が出来る、なんたらさんが、私の英語のノートコピーとタミル語のノートを比べ、チェックチェック!

 シリニバサンやシヴァサミーのところで起こった出来事を涙ながらに話す私には、混乱しかなかった。マニバも「昨日書いたブレッシングカンダム」で騙しているかもしれない!という、疑念は消えることはないだろう。が、しかし、前回もらった2003/11/30分のはよくあたっており、また、今回もらった2004/3/19分も非常にその他に関しては、ふんふん!という感じであり、「バラサイババ」もちゃんとした名前で登場し祝福と恩寵を持っているとあった。

なんなんだ?!不思議だ。

 そういうわけで、これからももうちょっと、特にマニバサカンのところの葉を見てみたい。とおもう。よかったら、誰か、スポンサーになってください。私にインドにいくチャンスを下さい。葉の研究をさせてください。金額は据え置き!今までと同じです!
 今度から、「スポンサー募集!」に変えます。私をインドに行かせて、研究させてくれる人、募集!です。よろしくお願いいたします。開き直ったみやぢより

余談
マニバが私があまりにも、かわいそうに思ったのか、今回分のノートに4/14に行われるプージャ(日本時間は夜10時ごろです!また、いっしょにお祈りしましょう!)にて、お祈りしておこか!といった。そうだね。また、ファイルもいっしょにもってくるよ!奥さんも、ちょうど明日からタミルナードー州へいくという。ついでに、私のために、お祈りしといてくれるという。私の研究のためも含め、お金を出してくれている人たちにも、恩寵は届くと願いたい。

余談2
マニバの先生はシヴァサミーのお父さん?と聞いたら、違う先生だという。同じように聞いていたのだが、3人、アルムガンというシヴァサミーのおやぢと、同時期に先生がいるらしい、、、。???。また、日がたったら、聞きなおそうとおもう、みやぢだった。

ps
また、例のバンガロールのホテルにいます。Aちゃんが「嫌だなー」といっていた、あのホテル。他、、、を考えるのがめんどくさいみやぢです

今、チェンナイ エグモアステーション周辺
(2004.04.11)
またまた、きました。[チェンナイ] バスで!トータル24rsでこれました。最近、チェンナイも市バスを使うという、けちけちさ!(タクシーで再度、シヴァサミーの館にいった罰です!)
で、飛行機のチケットを買いました。行き先は「アンダマン諸島」。みなさん、さようなら!南の島でみやぢはしばらく、のんびりさせていただきます。(いろいろと調べるのに疲れました。)マレーシアの小さい島にこもろうと思っていたのですが、ふと、昨日、地球の歩き方を見てしまったのと、ちょっと前にインターネットオーナーが「アンダマン行ってきたら?」といったのをふっと思い出し、思い立ったが吉日とばかり、ささーっと、飛行機を取ってしまいました。おかげで、シンガポールー日本のチケットを再々度、変更しなければなりません。ははは。
まーいいか、、、。

そういえば、シヴァサミーの館の「翻訳者マニおじさん」がみやぢはとっても、大好き!とっても、面白いんだよねー。一番、さばけている感じ!マニさんが、私の7章を訳してるから、「見なさい」といってきたので、翻訳の中身と、翻訳ぶりを見ていたら、おでこに付ける赤い粉が回ってきた。「アヤパシュパム」といって、マニさんにまわすと、笑ってくれた。次に角砂糖のお菓子がまわってきたので、「サングーパシュパム」というと、これまた笑ってくれた!さすが、翻訳してるだけあって、なんでもしってござるねー!
「ところで、マニさん!あんたノートパソコン持ってるでしょ!家でも仕事やりなさい!」といったら、「あははははー子どもに取られた。よかったら頂戴!」というので、一緒に笑ってしまったよ!あっはっは。インドって最高!
で、7章?!なんか、イニシャルがあったけど、もちろん、それは私がカルティック氏に言っていたものだった。さすがに全部は聞かなかったのだが、聞かなかったので、全部はわからなかったようだ。マニさんとチェックしているときに、マニさんは笑いながら「ボーイフレンドはいい人か?名前は?」と、私に聞いてきたので、「○○○○」と答えると、()でそのイニシャルの横に(○○○○)と名前を入れてくれた!よしよしよし!なかなかいい7章に仕上がった!こんな、マニさんが私はとっても、大好きだった!

だまし、だまされ! インド VS JAPAN
(2004.04.10)
今日、またまた、こっそり、「シヴァサミーの館」行ってきました。借金4400rsもあったのと、いろいろとあったのでひそかに「シヴァサミーやりませんか?モニター募集」で許可をもらった方の検索にいってきました。
まあ、このご本人のミスがあったため、このような配慮をとりましたが、こちらにしても、願ってもいないチャーンス!サーチング、サーチング!(あ、でも、チェンナイの館を調べてきて!と、私と同じく、サーチングをかけている子に、チェンナイはいけないといって、シヴァサミービデオつけるから、もう一回やる?って聞いたら、遠慮された!笑)
検索開始!
もちろん、お相手は「カルティック氏」。検索方法を探る。この館で検索をかけるのは二人めということになるが、、、。自分の葉と同じであった。が、内容はたぶん、ご本人も満足するものになるであろう!という確信はある。が、どうしても、この検索には納得できない。完全に、聞いている!そして、絶対に1カンダム目には出てこないが、その1カンダム目ですべての答えは導き出されているのだ、、、。ほとんど、導き出されているのに、彼は最後の葉が終わるまで、質問は続ける。それも、つまらない質問ばかりである。「この中にはありません。2カンダム目を持ってきます」そして、2カンダム目が現れるのはその20−30分後。
そして、突然、彼は名前を読み上げた。

実はその後、もう一人、検索をかけた。その名前は「うそつき」「じょーだん」「よして」「25才」「スチュワーデス」という、かおりまゆみさん的ジョーダンはやらなかったが、私のアルバイト先でのオーナーへのお誕生日プレゼント!でも、同じような検索であった。ビデオもつけてプレゼントか、、、うげー。まじで「じょーだん」「よして」ビデオだよ!

もし、私がお金がほしかったら、やるだろう!「ここに君の名前がかかれている!」というのをほかのナディリーダーに読ませるということを!そして、その場面のみ、映像としてUPするであろう。

なぜ、今、ここにきて、このようなことをかき出すかというと、ずっと私はカンチプラムで検索をしてきたためだ。バンガロールは金額設定のためか、まず、お試しで「カンチプラム」を選ぶ人が多かったのだ。カンチプラムのナディリーダーの検索はすごい。彼がいるおかげで、信憑性があがっているのだ!彼は異常である。「10分でみつけた!」という。質問もあまりしない!私もびっくりした!

最近、ちょこちょこっとバンガロールをやりだしている。が、どうも、おかしい。いろいろな検索会社のHPを見たりしているが、彼らがいうものは見えてこないのだ。それ以上にこんな検索を続けていられるなあ?というのが私の素朴な疑問だ。だって、あ?い?う?と完全に作り上げる検索を何十人と見ていて「これは本物だ!」なんて誰がいえるのか?(でも、誰も代行者は否定しないけどね)私は苦しくて、苦しくてしょうがないよ!

確かに、シヴァサミーもマニバサカンもシリニバサンも内容はいいよ!確かに、あたる!でもね。私が求めたアガスティアの葉は一枚もないんだよ!100人以上これまで見たけど、今、思えば、本物などなかった。(もちろん、私は宣伝用に出てきた瞬間のみの映像を放映することもできるだけの技術はあるけど、私にはそれはできないな)いろいろと調べて、聞く話は、みーんな、いい話なんかない。検索もしないで、データを渡すだけの会社の話や、バックマージンをもらっている会社の話とか、現地の通訳と館がつるんで、めちゃくちゃ北インドなどに飛行機でお寺参りに飛ばすとか、の話ばっかりだ!

お寺参りに効果がないとは思わないし、彼らはあたってるから、お客さんがき続けるのだ。ただ、そこに私の求めた「アガスティアの葉」が一枚もないという現実に私はかちーんときているだけだ!誰が私の求めた「アガスティアの葉」を作り上げたのか???

申し訳ないが、私は今後、突然出てくるとは言えない。もし、そういうすばらしい未編集のビデオやら検索テープをおもちの方、よろしければ「研究用」に貸してください。
なお、カンチプラムで、私は75%以上のことを習いました。それはシヴァサミーの館の系列でもある、検索法です。ですから、カンチプラムでの検索に関してはすべて私は説明することができますので、カンチプラムのデータはほしくありません。
それ以外での、検索データをおもちの方、よかったら私の研究用にお貸しください。もちろん、完全に個人で撮った物希望です。完全未編集ものです。最初にイニシャルなど教えている場合は、そういう状況もお知らせください。

ぶちぎれみやぢより

今日は、、、仕事が無事おわった(16−17章以外は、、、)
(2004.04.09)
「これで、鉢合わせもなく、終わった!」とシリニバサンの声が聞こえそうだ。で、去年のお守りオーダー分をもらい、シリニバサンの奥さんの実父と、シリニバサン、そして、友達、と、運転手とみやぢの5人で「アガスティアテンプル」に行ってきました。
で、帰りは、なぜか、運転手(かれはただのドライバー)以外でレストランでビールを!あはははは。飲んでしまいました。適当にチキンなどをつまみながら、、、。

帰り道で、「ブリヤーニ」を買い、車を止めて、みんなでお食事。そして、カンチプラムの私のホテル前でおろしてもらい、「ばいばいー」、、、。お仕事完了です。

で、最後、読み上げてもらったプラシュナカンダムをお客さんにメールしているというわけです。

ビール飲んであたまが痛いみやぢでした

※あのー。プラシュナカンダム頼んだ人で、答えが届かないそこの君!メールアドレス変えたでしょ!困ってまーす。一度、メールください。みやぢ

今日は
(2004.04.08)
最後のリーディングと、一部の寄付品でももっていこうかな。その前にメールチェックなどをしている、みやぢでした!

その後、、
プラシュナカンダムとブレッシングカンダムの読み上げをやってもらいました。が、16/17章は時間がかかるとのこと、、、「送るわ」といわれた。で、次回からは、、、「やめてね!」といわれた、理由は時間が取られすぎるから、ほかのお客さんがまわらないからだそう、、、。

そして、13/14章のお金とサリー&ドーティ、フルーツを渡した。写真が笑えるんだが、一度、加工をしないと、UPできないので、ちょいとお待ち下され。

あと、いろいろな人から、今回はなんか、違いますねー!っていわれるのだが、ちょっとお堅い文章も入れているだけだよーん。まあ、いろいろと事件?!が起こっているってのもあるんだけどね!

4/6のお寺休みの12−4時の出来事
(2004.04.07)
一部の方へのメッセージを含めて、書かれております。

4/6 12時、とりあえず、お寺が閉まってしまったので、ご飯を食べる事にした。ガンガー君の奥さんの作るマトンカレーはインドで一番おいしいカレーである。いろいろな家でご馳走になったり、レストランで食べたりしているが、マレーシアのとある屋台のポルトガル料理と並ぶ、うまさである。そう、私的にはこのアジアで一番うまい!カレーなのである。(料理研究家のみやぢの愛読書は美味しんぼ!であり、オーストラリアのワーホリに行ったとき、この美味しんぼをよんでいたおかげで、それに関する仕事を選らんだり、観光したりした。ダイビングが好きな私は、グレートバリアリーフを北上しながら、ずっと転々と仕事をしながら回っていたのだった。

と、話はインドにもどって、、、。(美味しんぼのカレー対決もまた、いいよ!)ガンガー君の奥さんの「マトンカレー」を食べようと思ったら、ガンガー君の家族が作ってくれたものを食べることになった。???「奥さんは?」ガンガー君がいうには「避妊手術で病院にいる!」といっている???「はあ?」。お腹を10cm?ぐらい切って、卵管を紐で縛るという、日本でもある手術ではある。ガンガー君がいうにはこっから1kmぐらい先の病院だから、いっしょにお見舞いにいこう!という。「ああー、あの新しい病院ねー!」と、私は3時くらいに病院を訪れた。あれ?新しい病院じゃない、、、。おまけに今日、この日(4/6)、私がお寺参りを行っている日に手術は行われ1時に終わったらしかった。
ガンガー君の奥さんは、10畳ほどのこぎたない部屋にベッドが8つもある相部屋で寝ていた。プッタパルティサイババアシュラムの外国人用の相部屋よりまだ、汚く、そして、狭かった。隣とのベッドの隙間は50cmしかないのだ。腕には、はりが刺さっており、テープがまかれていたのだが、そのテープに1300と書いてあったので、おそらく1300ccの輸血をしたのであろう。奥さんの周りには親族+みやぢ、そして、奥さんの頭のところに窓の格子から、奥さんの実のお父さんが手を差し入れ、涙を流していた。奥さんは痛みのためか、白目をむきながらうなっていた。
その時、私は思ったのは、
ずっとカンチプラムにいたのだから、早く家に遊びに行っておけばよかった、、、。なんで今日だったんだろう?どうして手術するにしても、早く教えてくれなかったの?ということであった。
彼女の腕を見た瞬間、私は「エイズ」や「破傷風」などの感染を心配した。日本のような無菌室ではない、普通のインドの部屋で寝ているだけなのだ。日本の輸血でもたまに事故があるほどだ。インドでは検査なんかせず、そのまま使っているのだろう。「死」んじゃうの?と、おもわず思ってしまうような悪すぎる環境であった。
「なんで手術をしたの?コンドーム(言い直してスキン)を使えばいいじゃん!」と、ガンガーに言ったが、「よく分からない。インドではこれが普通だ」という。インド女性はおとなしく夫の言うことを聞かねばならない。男性の快楽のために、また、貧しいために、一家が下した結論はこんな病院で受ける手術であったのか???それで、万が一のとき、彼女は命を落とさなければいけないのか??
確かに彼女は受け入れている。たとえ、死ぬことがわかっていたとしてもきちんと受け入れているのは、わかる。私もおそらく悲しむだろうが、受け入れるであろう。
しかし、彼らがもっと教育を受けていたら、避妊の知識をしっかりもっていたら、もっと裕福であったなら、と、考えてしまうのであった。

午後4時、お寺参りは開始された。カルマ解消のお祈りをして、どうかわるのか、、私ではわからない。だって日本にもたくさんのお寺があり、私たちはよく神様に祈っているではないか?病気を直してくださいと、祈っても、その祈りは通じるのか?通じないことも多いではないか!しかし、祈らずにはいられないのだ。お客さんもよく金額がかかるためか、「カルマ解消をしたら幸せになれますか?」と聞いてくるが、すでに私の資料では「見返りがないと、あなたは祈れないのですか?」と私は聞いている。そんなこと、私に聞かれたってわかるはずなどない。神の恩寵は平等に与えられている。それを受けとりにくくしているのも、受け取りやすくしているのも、きっと私たち自身なのであろう。

結局、未来を作るのは、私たちであり、こういう未来がいいなあとおもったら、それに向かって努力するのみではないのか?アガスティア占星学もマハシヴァ占星学も、結局は努力をした結果得られるものであり、チャンスが書いてあったりするので、それを有効に活用するだけのものだ。

来世、幸か不幸かわからないが、お客さんの中に「産婦人科の先生」がいた。その方は来世、子どもをおろす産婦人科の先生だという。「そんな未来嫌だ!」といっていたが、ちょうど、その4/6の4時以降、その方のお寺参りが入っていたので、私はそっと「来世、もし彼がお医者さんになるんだったら、名医でありますように!一番ベストな結果を与えてください」と、まあ、どうせいつもベストな環境しか、与えない神に対して、改めて祈ったのでした。

今回端数などをちょっと気持ち多く振り込んでくれた方(500−2500円位、それ以上はこちらももらえませんので、、それ以上余分に入れている方はみやぢ貿易商品をかってに入れさせていただきます)がいらっしゃいましたので、そのお金は今回、ガンガー妻へのお見舞金として、ガンガー君ではなく、その妻の実の父に渡しました。ガンガー君に渡すよりは、たぶん、いいように使ってくれるんではないか?とみやぢさんにしてはめずらしく「現金支給(お見舞い)」をさせていただきました。ありがとうございます。

※余談
来世、生まれるんだったら、、、。シャシクマールなんか、いいかなと思ったりもした。日本では有名だしね!日本で育った時に植えられた「きっかりさ」をもった、いい先生であってほしい、、、そんなことを思うのであった。(思わないでーと、いわれそうだ)

そうそう。
この4/7はわざわざ「ちぇんない」までいって、カルマ解消の寄付品を買ってきた。なんでチェンナイ?CITIバンクがそこしかないからだ。荷物も多かったので、タクシーで帰りました。行きはバスで25rs 帰りは820rs、、、。ホテルの人たちはその荷物を見て、びっくりしていた。

お寺参り
(2004.04.06)
朝、6時 お抱えリクシャードライバーのガンガー君に迎えに来てもらう。そして、お寺での必要な物を買う。あほなみやぢは、お寺参り=寄付という観念も強いし、フルーツなどはお参りが終わったあと、みーんなお寺周辺で「おこぼれ」を待っている食/職のない人々がたくさんいるので、あげると喜ばれて、さらに皆さんのカルマも減るってなわけ.
正直いって、「アルチナ」の場合、皆さんからお寺一つにつき,
1000円もらっているが、どれぐらい使っているのか、わからん。坊さんへの寄付(というか、たかられ)で1000円なんか、はるかに超える場合もあるし、小さいお寺でいい坊さんにあたると、1000円以下である。ま、寄付だよ!寄付、寄付寄付。
どうぞ、いい事に使ってくださいね!と、祈りながら渡すのさ。そしてで、写真のようなバナナ大量買い(UPしてないがオレンジ大量買いの写真もある!)をするのだった、、、。
昼12−4時はお寺が閉まるので、ガンガー君の家で「マトンカレー」を食べるのであった、、、。

そして、4時から、またくるくると、お寺を回ったのでした。今回は「年の数のランプ」というのが多かった、、。灼熱地獄を味わった。が、時たま、見ず知らずのインド人が「ああ、ナディね!」といいながらランプを作るのを手伝ってくれたりした。皆さんのカルマ解消をこうやってみず知らずの人が手伝ってくれている、、、。なんと幸せなことではないか!

アルナーチャラのふもとの大聖者
(2004.04.05)
ティルワンナーマライ(ちょっと正確じゃないかも、、、)のシヴァテンプルにいってきました。タクシー代を徴収させていただきましたので、みやぢさんは朝、6時にタクシーに乗り込み、行ってきましたよ!(こういう時はちゃんと起きる、、というか、起きている)100kmぐらいとのことでしたが、まあ、がたがた道。3.5時間もかかりました。今回もシリニバサンにアレンジしてもらった車で行ったんですが、お手伝いしてくれない運転手だったので、ちょっちがっくり。でも、「お寺のガイド」がどこからともなく現れ、せっせせっせと、お手伝い。・・・こういう時は金で解決しかない!さっぱりわからん新規のお寺。連れられるまま、ご本殿に行き、アルチナお祈り終了!もちろん、奥さんのパールパディもご案内。ぐるぐる、ぐるぐる。そう、これが「ヒンズー教のお寺参り」!。きちんと理解しとかなきゃ!!あきらめるのよ!みやぢ!100rs札が、100円玉のように消えていった、、、。そして最後、お寺のガイド(それも二人にくっつかれた!)にも「お礼」を支払い、出て行こうをしたら、「爺さん」が現れ、シヴァマントラを唱える。あー、ここはシヴァのお寺。そうねー、爺さん。シヴァマントラが似合うわよねー!ということで、写真に、説明載せておきました。

そして、シリニバサンがこのティルワンナーマライテンプルを説明するときに「ラマナアシュラム」に行ってきなさい。といっていた。「裸の聖者がいる。知ってる?ふんどしだけだよ」と、、、。そして、4/3のシヴァサミーの館を訪れたとき、「ラマナマハリシ」の写真がおいてあったのだが「この聖者知ってる?」と聞かれたので「月曜日にあってくるよー」と答えていたのだ。近くにいるはいたわりに、ぜんぜん、情報は入って来なかった人物のアシュラムに訪れた。どうせ、お寺は12時−4時は閉まるので、急いでまた、ティルタニ(そこまで行くのにまた100km)移動してもねー、、、。で、アシュラムを訪れた。

最初、この聖者のダルシャンを受けるのは、どうしたらいいのかな?と、その辺のインド人に「ダルシャンタイムはいつですか?」とたずねたところ、「わからない。ほかの人にきいて」と、困った顔をされた。そして、アシュラムに向かった。日本人らしき人がいたので、声をかけた「あのー。ダルシャンはいつなんですか?」すると、その女性は言った。「いつも、ここにきたらダルシャンなんですよ。もう、ラマナマハリシは50年も前に亡くなってます」「え?」っと驚くみやぢさん、、、。今はあの下で眠ってますよ。と、ダルシャンホール前中央の下にお墓があった。私はよくわからないまま、その眠っているというお墓の前(ダルシャンホールではあるが)に行き、頭をついた。そして、隣のお寺も一周して、彼女の元へ戻った。その後、彼女はアシュラムの中での「無料の食事」(プラサード)をいただけるようにしてくれた。そこでたまたま彼女がした話は「苦しみ」について、、、。ちょうど私がこの3年、苦しんでいろいろとやってみて、自分で作った苦しみの中にいたんだ!と、気がついた私であったが、彼女はなぜか、そういう話を突然した。「そうですよねー」と、しみじみつらかったことを思い出し涙涙の中、ご飯を食べた。そしてそのまま、彼女は自宅に招待してくれた。彼女はそこでの唯一の日本人ご案内の人であった。彼女はその「ラマナマハリシ」の説明をしてくれたのだが、「あ!」と私は気がつくものがあった。以前、サイババ関連の本を読んだ時、サイババに出会う以前にこの「ラマナマハリシ」の元で修行をしていたという人の体験記のようなものであった。その本の中のところにあった自分探求の仕方をいつか、やってみたいと思いながらも、そのページをなかなか再度開くことができず、もやもやしていたのだが、その方法をはっきりと明記した人物。それがこのアシュラムの主であった。そして、私は一点につながった。ああ、あの本の中で紹介されていた人物がこの「ラマナマハリシ」であり、私がやってみたいと思った自分の探求法を解説した人物だったんだ!
「私ってほんと、幸せですよね!ちゃんと、こうやって必要なものが与えられていることを知っているもん。ほんとはね。お寺にも、私はもう行く必要もないんだった。だって私の中にすべてあるから。」「ははは。そうよね。ほんっとにそう。」「でもねー。それを知っててもすぐに忘れちゃうんだよね。今回もまた、自分で作り出したマーヤーで苦しんじゃった」「だからマハリシは、<WHO AM I?>って問いなさいって、、エゴをとりなさい。もっと取ることができたら、もっともっといろいろと入ってくるよ!、、、延々と説明。最後死ぬ前に、その答えを体験できたらいいね!そしたら、生も死もなく、永遠でいられるから。永遠の中の祝福と幸福のみ」

死という存在を超えた永遠。自分とは???その答えは私は今、出すことはできないが、体験したら、、、私はもっと楽しくもっと幸福でいられるんでしょう。人はその真我=アートマ(アートマン)が永遠という事に気がつくためにのみ、何回も何回も生まれるんだよ。そう、これはサイババなどもいっている、永遠の真理であり、叡智なんだろう。運良く、彼女に声をかけたように見え、決まっているという、、不思議な4時間であった。

そして、車にて、アルナーチャラを見ながら、ティルタニに向かった。ら、車のバッテリーの調子が悪くなり、このままカンチプラムに戻るという。「朝、6時に迎えにいくよ!カンチプラムから40kmだから、このまま夜ははしりたくない」と、こっちの予定を考えないかってなご意見。すばらしい体験に浸っている余韻を見事に打ち消した「あー。ここはインドだ!仕事、仕事しかないんだ!」と、「時は金なり。しってるか!!」とぶちぎれ!(ああ、みやぢさんってここではあまり書きませんけど、厳しいですよ!)「車が壊れたんだもん、しょうがないじゃん」というドライバーに「あんたの仕事はドライバーでしょ!だったら、車の管理は当たり前だ!それをおこたったのはあんたのミス!もういいから、ほかのタクシーアレンジして!こっから一人でティルタニに行く!明日は明日の予定がすべて組んである!あんたはさらに私に時間の浪費をさせるのか?」と、びびったドライバーはなんとか、探し、ティルタニまで70kmの道のりを向かったのだった。

なお、ティルタニでもやはり、ティルワンナーマライと同様、お寺のガイドが現れ、ぐるぐるティルワンナーマライ以上に歩かされたのでした!

4/5−6−7の予定
(2004.04.04)
4/5はカンチプラムからまず、てぃるわんなーまらい?という100km離れたシヴァのお寺に行き、その後、また、そのお寺から100km離れたお寺ティルタニ行き、40kmかけて戻ってきます。100kmとか、40kmのお寺です!と、メールにていわれた人のみ、回るお寺です。(もちろん、タクシー代別途請求させていただきました。うふ)ごいっしょにお祈りください。
日本時間たぶん、、、ですが 昼 12時頃、てぃるわんなーまらいに行き、夜8時ごろ、ティルタニでのお祈りになると思います。

4/6−7
カンチプラムにある、シヴァのお寺やハヌマン、ヴィシュヌのお寺など、オートリクシャーにて、回ります。多分、忙しくてメールはで来ませんので、ご了承ください。みやぢ
ps
写真は9プラネットテンプル周辺で売ってるお花セット。ココナッツもきちんと、9つ入っている(笑)。もちろん9ランプセットも売っている(写真ではにーちゃんが、ランプセットを作っている)。便利なお寺でした!

ナインプラネット
(2004.04.03)
カンチプラムのお寺参りで「スーリヤナーコイル」こっから約片道250km。いってきました。ここを指定されたのは、たった二人。そのお二人からタクシー代をいただき、行ってきた。4/3朝4:00。シリニバサンにアレンジしてもらった、シリニバサンのお友達の英語はそこそこドライバー36歳に、迎えに来てもらい、「スーリヤナーコイル」に向かった。
みやぢさんはちびなので、後ろの座席で完全に横になって爆睡。途中、「チャイ」で二度ほど休憩。その、二度めのチャイ休憩のとき、私は突然、運転手に言った。「ヴァディスワランコビルにも行きたい!」。運転手は「え?行きたいの?こっから1KMだよ」。「やったー!」そして、シヴァサミーの館に向かった。
うわさどおり、町中に「シヴァサミーの館はこっち」看板があった、、、。運転手が一応、道をたずねると、「ここだ。ここだ!」とうそをつく館も多かった。客引きがいる、館もあった。50以上の館がここにあるという。が、館しかない町だった。
そして、私は検索を申し出た。検索をしたのは、「カルティック氏」。海十さんのHPでよく見る人物だ。私は最初知らん顔して「彼のHPみてここに来たよ」とかなんとかいった。
そして、検索開始。私はたまたま持ってきていたビデオを見せ、「とってもいいか?」とたずねると、「OKOK」と快諾。もちろん、デジカメでも、初記念写真をとろう!とした、、、。ら、電池がない!きれてるじゃん!「うわーん、電池がないよー」と、あわてふためく、みやぢ。「この町には売ってないよ」が、あったらしく買ってきてもらった。ラッキー。やっと、検索がはじまった。
まず、イニシャルを聞かれた。「A」。私のイニシャルって、、、簡単なんだけど、、、。(名前は早いな、、、ふぅ)そう思った。さて、検索検索。歌を歌う感じで探す。マニバと同じだ。そしていろいろと聞いてくる。マニバと同じだ。全部聞いてるじゃん方式。「君のセカンドの文字はあ?のー?か?のー。さ?イエス?さ?のー?そー?のー?しー?のー?すーー?イエス」もちろん、これが全部、うちの家族で続いた、、、、、。誕生日ももちろん、全部組みあがった。それは1カンダム目の中で大体組みおわっていた。
が、質問はまだまだ続いた。「お父さんはコウジ?」と聞くので「こうじこみや?知ってるよ!彼の本読んだよ!」というと、じゃじゃじゃーんとばかりに緑の本が一冊出てきた。聖なる人アガスティア。ばか話がそこで入る、、、。いかんいかん、検索検索。
そして、2カンダム目の最後だと思われる葉で彼は最後決めた「1973/10/9生まれのあすかさんか?」私は仕方なく「いーえーす」と答えた。まあ、あとは芋ずる式に親の名前とか、出てきた。
そりゃーでてくるわなあ、、、心の声)仕事は食品関連。そこで、最後カルティック氏に質問をかけた。「私は仕事もしてるけど、ビジネスもしている。そのビジネスは何?」彼は、、、「え?」という顔をした。彼は葉を見ないで考えて言った。「スピリチュアルに関する仕事?」「、、、イエス」。カルティック氏は続けた「ここに生年月日と名前がある。だから君の葉だ」(あのー納得いかないんですけど、、、と心の声)。
そして、カルティック氏はもちろん葉を見ずに言った「君は海十と同じ仕事してるの?」。(やっぱりばれたか、、、)「そうだよ。カンチプラムとバンガロールでね!」まあ、私の検索スタイルを見ていたら、簡単だ。ちゃんと、代行として、検索しやすいように仕込まれているのだ。カルティック氏が途中「君はビジネスとジョブの違いは分かってるのか?」と聞いたが、それもきちんとクリアしている私だ。まあ、簡単だろう。
まあ、ばれてしまってはしょうがないとばかりに、よくしゃべった。研究してるの!ついでにアガスティアの葉の家系的なものも確認した。「アルムガンの実の子どもがシヴァサミー。アルムガンの愛弟子がシヴァサミー、バンガロールのマニバサカン、最後の弟子がカンチプラムのDバラスーブラマニアン。チェンナイやセーラムなどの館の人もアルムガンのお弟子さん。そして、カンチプラムのシリニバサンはDバラスーブラマニアンの優秀な弟子、、、。」やっぱり、私は?????であった。
が、カルティック氏はとっても、素直ないい人だった。おうちによんでもらって「チキンカレー」を食べた。うーん、ご飯を食べさせてもらうと、やっぱり人間、幸せをかんじるねー!!!でも、もちろん彼も、ビジネスマン。私の引き抜きにかかった。「いやー、今はもう手いっぱいだよ!海十さんがいるでしょ!その仕事早く終わらせたら?場所が遠いし、、、」と、「やっぱり?そのうちチェンナイに支店だそうとおもって、、、」とかいってるので(ああ、カルティック氏の考えだったんだ)「ふーん、いいねー。3年後にそこに移動したら?今はうーんもって来ても2−3人」。
そして、館に戻って、1章のタイピングをチェックする。翻訳のマニさんの英語をちら見する。「撃沈!」。マニさんの英語はむずかしかった。(うちの翻訳者さんのすきそうな英語)カルティック氏いわく、「結構簡単に翻訳できるみたいだよー。パソコンで!」といっている、、、。まあ、それぐらいきれいな英語だった。が、パソコンで打ち出された英語は、私には「教科書的」で見た瞬間、頭が痛くなった。あまたに入ってこないのだ、、、。
で、私の1章はなんと、タミル語のノートに12ページもあり、まだまだ、時間がかかるということなので、仕事に戻ることにした。そう、二人の「スーリヤナーコイル」9つの惑星に対してのアルチナである。
シリニバサンがこのお寺について説明をした時
「ここのお寺はね。9つの惑星が来る人間を決めるんだよ。本人が行きたいとおもっても、いろいろ起こって、延期になったりするお寺だよ!」とまーインドチックな物語をしてくれたが、確かにその今日という日(それも土曜日でこのお寺参りをするにもちょうどいい日)にこのお寺に呼び、そして、旅の中でいろいろと考え、体験していく、今回のこの時期、確かに呼ばれたとしかいいようがない時であった。
二人のカルマ解消にとても私は感謝し、一生懸命お祈りお祈り。最後お寺を9周(多分1KM)して、終わった。(もらった以上にお金がかからなかったので、どうせ返金しなくていいよ!というのは分かっているみやぢは「ナインプラネットマントラとヤントラ」をそこで購入しておいた)

そして、またタクシーで館に戻った。7時過ぎていた。で、結局1章のみもらい、あとはメールしてもらうことにしたのだが、お金が足りなかった、、、、。4400rs。(あー、確か3年前、カンチプラムにサーチで出かけたときもこれぐらいのお金が足りなかったんだ!で、S社の人に両替してもらったんだよなあ、、、と懐かしかった)が、懐かしんでるより、金がない。合計7章お願いしたいのだが、お金がないよー!!と、言ってたら、カルティック氏「信用してるから、いいよ。どうせまた来るでしょ!」という。(いい奴だねー!初対面なのに信頼してくれるの?)「そうねー、どうせまたくるよ!こなかったらKさんかYさんにでも請求しておいて!(ギャグです。ちゃんと払いますので心配しないでね!)」
内容は、ぱぱーっと見ると、比較的具体的に書いてあった。マニバのところと比べると、3年前に開いたときより、より明確なビジョンが私にもできていたのもあるし、この3年ほんと、いろいろとがんばってきた成果ともいえる感じであった。が、残念なことに英語が弱いみやぢには、こまかーく、理解することはできなかった。カルティック氏は「あら?この英語だめ?」と笑っていた。「1年あれば、この英語はクリアできるけど、今はだめだわ!」と笑ってかえした。
カルティック氏は最後、シヴァサミーの本をくれ、とあるアドレスもくれた。「ありがとう!私も行ってみるよーん」。

13章も終わったし、急遽シヴァサミーの館にも訪れ(シリニバサンアレンジの車で訪れるってのも笑えるが、、、)葉を予定外に開き、帰っていった、、、。

ら、途中渋滞があった。どっかの夫婦が「のっけてって、抜ける道教えるから」というようなことをタミル語で話したのか、二人が乗り込んできた。彼らもどっかのお寺参りの帰りらしかった。「チダムバラム」という町の人で「お茶でも飲んでいきなさい」と、すすめられ、やっぱり民家に上がり込むみやぢさん。そしてドライバー。コーヒーをいただく。ふと「ところでここの有名なお寺はなあに?」と聞くと「ナタラージャ」という。彼らがいうには今日はナタラージャの日らしく、今いくと、ぷーじゃやってるよ!とのこと。なぜか、その家族といっしょにお寺に出かけた。彼らは一生懸命お寺を案内してくれた。インドで6つというクリスタルシヴァリンガムのアビシェーガムやナンディアビシェーガム。そして、ナタラージャへのお祈り。みどころ満載。最後にプラサードももらい、あっという間に11時過ぎ、、、。
最後に、もう一度家族と記念撮影して、カンチプラムにもどった、、、。着いたのは朝の5時であった。

はー、なんという一日だったんだろうか!すべては神がいるのであればその神の計算どおりであった。すべてがつながっており、すべてが正しく動いており、神の目からみれば、間違いというものはないのであろう。とにかく、今を一生懸命であること、、、それだけだった。

伝言
海十さんのお客さんと海十さんへ
「もうすこしで、あがるよー。がんばってるよ!」だそうです。

リーディングはじまってまーす
(2004.04.02)
リピーターは、毎度のこと後回しで、ご新規さんからリーディング&その検索内容の大まかな内容のメール!が始まってます。そう、前回ご新規さんだった、あなた。今回はリピーター!ほかのリピーターと同様、後回しです。あはは。
13/14章をする場合は、お金が絡んできますので、立て替えなどは一切しません(できません、できるわけないじゃろ!13/14あわせてみやぢさんお寺がんばって回ってきてね費を7500円もらってるけど、10人あつまってやっと75000円。一人立て替えがやっとできるぐらいなんだよー!!!)のでやるかたは急ぎお返事ください。
シリニバサンは4/10から他社の仕事がはいっており、今回はなんと、みやぢさん、250km そして、100km そして、40kmとカンチプラムにしてはぎょえー!というお寺に飛ばされることになりまして、そこで二日、取られます。また、多分ですが、13/14章のお金の関係により、また、チェンナイにもどらなければ、、、(田舎では大金を用意することすらできません)そんなかんなで、結構ハード。よく女一人でやってるわ。と自分でなぐさめることにする。

ぎりぎりでお寺参りを言われても、無理 かもしれませんし、4/13にはシリニバサンが日本へ行っちゃいますし、4/10からは他社がきますのでそれまでに終わるようにしか、動けません。ちゃんと考えてくださいね!まあ、次回でもいいだろうし、シリニバサンにお願いしていってもらってもいいと思いますしね!

カンチプラム組みのお寺参りは恐らく4/4−7となるかと思います。皆さんもいっしょにお祈りでもしていてくださいね。
1−15章以外の章 16−17章なども新規でも全員後回しになってます。ご了承ください。でも、4/9までにはすべて終わらせます。仕事が早いのもみやぢさんのいいところ。新規に関しては1−15章の間の章であれば、すべてかんたんに!ですが、送りました。

みやぢ的マサラミルクの作り方(改訂版)
(2004.04.01)
用意するもの
1 ミルク(飲むぶん)
2 砂糖(お好きな甘さで)
3 ターメリック(写真の黄色にミルクがなるぐらい 少量)
4 カルダモン 1つぶ
5 アーモンド、ピスタチオ、カシューナッツなどのナッツ類の薄切りまたはつぶしたもの 少量
6 レーズン(お好み)
7 黒こしょう 一つまみ 以下

1.1−4をまぜまぜしながら、温める。
2.器にいれる。(泡を立てて器にいれるのがみそ)
3.その上につぶしたナッツを乗せる。そしてぱらりと一つまみ以下の黒こしょう。
4.飲むときはまぜまぜして、必ず「うまい!」といって飲む
5.飲み終えたら、「ああ、みやぢさんもこれを飲んでるのね!」と必ず思い出す。

バニラビーンも混ぜたら、日本人好みのさらに高級な「マサラミルク」になる。1−2粒レーズンをいれて、煮込んでもよい。

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> マサラミルクのレシピ、ありがとーございました!!
> そこで、早速作ってみました♪
> みやぢさんもこれを飲んでるのね〜と思いながら一口・・・むむむ、、、
> ぎょーーっ!私の第一声は「あまーーーい!!!」でした(**)
> 普段あまり飲み物に砂糖を入れないので、加減が分からんかった・・・苦笑(^^;
> でも、とってもお肌によ良さそげですよね。ウコン、ウコン、ウコン・・・♪
> 今度は砂糖少なめで、「うまーい!!」と叫んでみたいと思います!

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